「クーマンがPKを決めた」。
この一文だけを見れば、往年のサッカーファンならそれほど驚かないかもしれません。
強烈なFKとPKを武器に数々のゴールを決めてきた元オランダ代表DF、ロナルド・クーマンを思い浮かべるからです。
ところが今回ゴールを決めたのは、そのクーマンではありません。
息子のロナルド・クーマンJr.。
しかもポジションは――ゴールキーパーです。
2026年9月6日に行われたオランダ1部エールディヴィジのテルスター対カンブール戦で、クーマンJr.がPKを2本成功。
0-2から追いかけていたテルスターを2-2の引き分けへ導きました。
63分に1本目。
そして試合終了間際、なんと90+11分に2本目。
GKが1試合で2得点を記録するという、エールディヴィジ史上初の快挙です。
しかもこれは単なる珍事件ではありません。
クーマンJr.はテルスターの正式なPKキッカー。
そして父ロナルド・クーマンも、現役時代に世界屈指のセットプレー職人として知られた選手でした。
「やっぱりクーマン家の血なのか?」
そう思わずにはいられない、あまりにも出来すぎた物語です。
今回は、GKながら2得点を奪った歴史的ゲームの詳細から、父ロナルド・クーマンの経歴と現在、息子クーマンJr.のキャリア、そして意外にも父と共通するプレースタイルまで詳しく掘り下げます。
1. GKクーマンJr.がまさかの2得点!何が起きた?
テルスターは10人&0-2の絶体絶命
舞台はテルスターのホームで行われたカンブール戦。
テルスターにとっては最悪に近い展開でした。
22分、ノックヴィ・ソリソンが退場。
早い時間帯から10人で戦うことになります。
さらに後半にカンブールが立て続けに得点。
テルスターは0-2。
人数は一人少ない。
残り時間も減っていく。
普通なら「今日は厳しい」と感じる状況です。
ところが、ここから試合の主役になったのがゴールを守っていたクーマンJr.でした。
63分、GKがペナルティースポットへ
テルスターがPKを獲得。
するとゴールからゆっくりと前へ歩いてきたのがクーマンJr.です。
GKです。
しかし周囲に驚いた様子はありません。
なぜなら彼は、チームのファーストPKキッカーだからです。
63分。
落ち着いてゴールへ蹴り込み、1-2。
これでテルスターが1点差へ迫ります。
90+11分、まさかの2本目
そして迎えたアディショナルタイム。
テルスターが再びPKを獲得します。
時計はすでに100分を超えていました。
決めれば2-2。
外せば敗戦。
蹴るのは――またしてもGKクーマンJr.。
相手選手から声を掛けられ、プレッシャーをかけられたものの本人は動じませんでした。
同じように右足を振り抜き、ゴール。
2-2。
101分の劇的同点弾でした。
守るはずのGKが、その日のチームの全得点を記録。
しかも2本ともPK。
エールディヴィジ史上、GKが1試合に2得点したのは初めてです。
2. 実はクーマンJr.、PKを蹴るのは初めてではない
2026年5月には「残留を決めるPK」を成功
今回突然PKキッカーになったわけではありません。
クーマンJr.が強烈なインパクトを残したのは、わずか4カ月ほど前。
2026年5月17日のFCフォレンダム戦です。
テルスターにとってはエールディヴィジ残留がかかった重要な一戦。
1-1で迎えた89分、テルスターがPKを獲得しました。
そこで登場したのがGKクーマンJr.。
プレッシャーのかかるPKを決めて2-1。
その得点が決勝点となり、テルスターは残留を決めています。
つまり今回の2本を含め、
2026年だけでPKによる3得点。
しかも、
残留を左右する89分。
0-2から追い上げる63分。
勝点1を救う90+11分。
どれもプレッシャーの重い場面です。
ただ蹴れるだけではなく、
プレッシャーに強い。
これこそクーマンJr.がPKを任されている最大の理由なのかもしれません。
3. ロナルド・クーマンJr.とは何者?
父はあのロナルド・クーマン
現在31歳のロナルド・クーマンJr.は、1995年5月23日にスペイン・バルセロナで誕生しました。
父が当時バルセロナでプレーしていた時期に生まれたためです。
現在はオランダ1部テルスターに所属し、背番号1を背負う正GK。
テルスター公式の2026/27シーズン登録選手一覧でも、ゴールキーパーとして掲載されています。
父はもちろん、元オランダ代表のロナルド・クーマン。
叔父は元オランダ代表のエルウィン・クーマン。
祖父マルティン・クーマンもオランダ代表経験を持っています。
まさにサッカー一家です。
ただし息子は、父と同じDFではありません。
選んだポジションはGKでした。
4. クーマンJr.の経歴|父の名前だけで歩いてきたわけではない
アルメレ・シティからTOPオスへ
クーマンJr.はアルメレ・シティの育成組織でキャリアをスタート。
ただしトップチームでは出場機会を得られず、2015年にTOPオスへ移籍しました。
TOPオスではオランダ2部で経験を積み、2016年4月にプロデビュー。
そこから数年間、決して華やかとは言えないキャリアを歩いています。
「クーマンの息子だからすぐ名門クラブへ」
というキャリアではありません。
下部リーグで出場機会を争いながら、一歩ずつポジションを築いてきました。
2021年にテルスター加入
転機となったのは2021年。
テルスターへ移籍します。
そこで徐々に正GKとして定着。
そして2025年、テルスターはプレーオフを勝ち抜いてエールディヴィジ昇格。
クラブにとって実に47年ぶりの1部復帰でした。
2025/26シーズンには1部でもゴールを守り続け、最終節では先ほど紹介したPKで残留を決定。
そして2026/27シーズン。
今度はGKとして前代未聞の1試合2得点です。
キャリア後半へ差しかかってから、どんどん話題を増やしている珍しい選手です。
5. クーマンJr.のプレースタイル|実は父譲りの「キック」が武器
シュートストップだけのGKではない
クーマンJr.の特徴を調べていくと、非常に面白い共通点が見えてきます。
それは、
「足元の技術とキック」
です。
本人は以前、自身について「足元では自分の方が強いと思う」と、他のGKとの比較を交えながら語っています。
またテルスターで指導したスタッフからも、ビルドアップに参加できるGKとして評価されています。
ロングキックも大きな武器
地元メディアの取材では、自身のロングキックについても自信を示しています。
父譲りのキックについて聞かれると、クーマンJr.自身も「キックはかなり良い」と認めています。
指導者からは判断力についても高く評価されており、「非常にインテリジェントなGK」と評されています。
つまり、
シュートを止める。
ビルドアップへ参加する。
長いボールで局面を変える。
そしてPKまで蹴る。
現代型GKの要素を持った選手です。
父とポジションは違っても、
「右足一本で試合を変えられる」
という部分には、かなりクーマン家らしさを感じます。
6. 父ロナルド・クーマンはどれほど凄かった?
DFなのに異常な得点力
父ロナルド・クーマンは1963年生まれ。
現役時代はDFや守備的MFとしてプレーしました。
しかし普通のDFではありません。
FK。
PK。
強烈なミドルシュート。
とにかく得点力が異常でした。
特にバルセロナでは1989年から1995年までプレーし、クラブ公式記録では350試合106得点。
DFで100得点超え。
現在でもバルセロナ史上最高クラスの得点力を持ったDFとして知られています。
1992年欧州制覇を決めた伝説のFK
最も有名なのは1992年。
ウェンブリーで行われた欧州チャンピオンズカップ決勝、バルセロナ対サンプドリア。
延長戦。
0-0。
バルセロナがFKを獲得します。
蹴ったのはクーマン。
強烈な右足シュートがネットへ突き刺さり、1-0。
これが決勝点となりました。
バルセロナにとってクラブ史上初の欧州チャンピオンズカップ優勝をもたらした歴史的ゴールです。
さらにオランダ代表として1988年欧州選手権も制覇しています。
PKも超一流
クーマンは現役時代、FKだけでなくPKの名手としても有名でした。
バルセロナ公式も、彼を「最も信頼性の高いPKキッカーの一人」と紹介しています。
だからこそ今回、
「クーマンの息子がPKで2得点」
というニュースには妙な納得感があります。
父はDF。
息子はGK。
本来なら得点を期待されないポジション同士です。
それなのに、
親子ともにPKでゴールを量産する。
遺伝という言葉だけでは片付けられませんが、サッカーファンとしては「やっぱり血なのか」と言いたくなります。
7. 父ロナルド・クーマンは現在何をしている?
2026年W杯を最後にオランダ代表監督を退任
ロナルド・クーマンは現役引退後、指導者としても長いキャリアを歩んできました。
アヤックス。
ベンフィカ。
PSV。
バレンシア。
AZ。
フェイエノールト。
サウサンプトン。
エヴァートン。
そしてバルセロナ。
欧州の名門・強豪クラブを数多く率いています。
2023年からは2度目となるオランダ代表監督を務めました。
しかし2026年ワールドカップではラウンド32でモロッコにPK戦の末敗退。
翌7月1日、契約を延長せず代表監督を退任することを発表しました。
本人は退任理由について、家族や孫と過ごす時間を増やしたいという思いも語っています。
現在は代表監督を離れている
その後、オランダ代表監督には元バルセロナ監督のシャビ・エルナンデスが就任。
契約は2030年W杯までとなっています。
2026年9月7日時点では、ロナルド・クーマンが新たなクラブや代表チームの監督へ就任したという発表は確認されていません。
現在は代表監督という第一線の職を離れた状態です。
そんなタイミングで、今度は息子がオランダ国内で大きなニュースを作った。
これもまた面白い巡り合わせです。
8. 父はDFでゴール量産、息子はGKで1試合2得点
普通、サッカーの親子二代スターと聞けば、
父もFW。
息子もFW。
あるいは同じポジション。
そんなケースを想像します。
しかしクーマン親子は違います。
父はDF。
息子はGK。
どちらも本来は、
「ゴールを決めることを最優先にされないポジション」
です。
それなのに父はバルセロナだけで100点以上。
息子はGKながらエールディヴィジで1試合2ゴール。
しかも2人をつなぐのがキックの技術です。
父ロナルドはFKとPK。
息子ロナルドJr.はロングキックとPK。
ポジションは受け継がなかった。
でも右足の技術は受け継いだ。
そんな見方をすると、今回の2得点がさらに面白く感じられます。
9. 「クーマンの息子」ではなく「テルスターのクーマン」へ
有名選手の息子には、必ず父親との比較がつきまといます。
クーマンJr.も例外ではありません。
名前まで「ロナルド・クーマン」。
どうしても父と比較されます。
しかし本人は以前、自分自身を父親のコピーではなく、テルスターで自分のキャリアを築く選手として捉えていることを語っています。
指導者からも、
「彼はテルスターのロナルド・クーマンだ」
と評価されています。
その言葉は今回、さらに説得力を増しました。
父親が偉大だからニュースになった。
それだけではありません。
10人。
0-2。
プレッシャーのかかるPK。
そして101分。
そこでGKが自ら蹴って2-2にした。
これは完全に、
ロナルド・クーマンJr.自身が作った物語です。
10. まとめ|「クーマン家の右足」がまた歴史を作った
2026年9月6日。
テルスター対カンブール。
試合結果は2-2。
数字だけなら、エールディヴィジの一試合です。
しかしその2得点を決めた選手は、
GKロナルド・クーマンJr.。
63分。
90+11分。
2本のPK。
これによりクーマンJr.は、エールディヴィジ史上初となる1試合2得点を記録したGKになりました。
父ロナルド・クーマンは、サッカー史に残る得点力を持ったDF。
息子はゴールを守るGK。
まったく違うポジションです。
それでも、
強烈なキック。
PKへの自信。
プレッシャーへの強さ。
という部分はどこか似ています。
父はウェンブリーでFKを決め、バルセロナを欧州王者へ導いた。
息子は101分にPKを決め、10人のテルスターへ勝点1をもたらした。
舞台の規模は違います。
それでも本人にとって、
「ここで決めなければ」というプレッシャーは同じだったはずです。
「クーマンの息子だからPKがうまい」。
そんな単純な話ではありません。
でも今回ばかりは、
「やっぱりクーマンだな」
と言いたくなってしまいます。
父親顔負けの右足。
次にテルスターがPKを獲得した時、ゴール前から走ってくる背番号1にこれまで以上の注目が集まりそうです。
11. 免責事項
本記事は、SCテルスター、FCバルセロナ、オランダサッカー協会などの公式情報、および2026年9月7日時点で確認できる国内外の試合報道・公開情報をもとに、ワールドサッカーポータル編集部およびAIライティングサポートツールを活用して作成・編集しています。
ロナルド・クーマンJr.選手が2026年9月6日のカンブール戦でPKによる2得点を記録し、エールディヴィジ史上初めて1試合2得点を記録したGKとなったことについては、複数の公開情報をもとに記載しています。
また、記事内で父ロナルド・クーマン氏とのキック技術や精神面の共通点について触れている部分は、両者の公開されているプレースタイル・発言・実績を踏まえた当サイト独自の考察であり、遺伝的な因果関係を示すものではありません。
父ロナルド・クーマン氏は2026年7月にオランダ代表監督を退任しており、記事公開時点で確認できる最新情報に基づいて現在の状況を記載しています。今後、新たなクラブ・代表チームへの就任などが発表される可能性があります。
試合記録、所属情報、選手データ等は後日修正・更新される場合があります。最新かつ正式な情報については、各クラブ、リーグおよび各サッカー協会の公式発表をご確認ください。










