JFL。
J3。
J2。
J1。
そして、日本代表。
サッカー選手としてこれほど分かりやすく、一段ずつ階段を上がってきた選手も珍しい。
2026年9月17日、日本代表に初招集された横浜F・マリノスFW谷村海那。
28歳でついにつかんだ日の丸だった。
JFAが発表した9月・10月シリーズの日本代表メンバー31人に、谷村の名前が初めて入った。所属は横浜F・マリノス。今回の代表では松木玖生、中野就斗、齋藤俊輔とともに初招集組の一人となった。
しかし、谷村のキャリアを振り返ると、この代表入りがより特別なものに見えてくる。
2020年。
国士舘大学を卒業した谷村が選んだのは、当時まだJリーグクラブではなかったいわきFC。
舞台は日本フットボールリーグ、JFLだった。
そこから約6年。
JFLからJ3へ。
J3からJ2へ。
J2からJ1へ。
そしてついに日本代表。
エリート街道を一直線に進んできたわけではない。
カテゴリーが一つ上がるたびに結果を残し、そのたびに自分の価値を証明してきた。
今回は「JFLから日本代表」という異色のキャリアを歩んだ谷村海那の軌跡を振り返る。
谷村海那が28歳で日本代表初招集
W杯後最初の森保ジャパンに選出
谷村は1998年3月5日生まれ。
岩手県出身。
現在28歳。
Jリーグ公式プロフィールでは183cm・81kgのFWとして登録されている。
9月17日に発表された日本代表では、ウルグアイ、ベネズエラ、エクアドルなどとの4試合に臨むメンバーへ初めて選出された。
いわゆる「将来を見据えて若手を試すための招集」とは違う。
28歳。
ストライカーとして脂の乗った年齢で、自ら結果を積み上げて代表への扉をこじ開けた。
今季J1で7試合6得点
7試合すべて先発で6ゴール
現在の谷村が代表に呼ばれた最大の理由は、やはり得点だ。
2026/27シーズンのJ1では第7節終了時点で、
7試合6得点。
Jリーグ公式記録では、鹿島戦で2得点、浦和戦で2得点、京都戦、町田戦でもそれぞれ1得点を記録している。
| 対戦相手 | 得点 |
|---|---|
| 鹿島アントラーズ | 2 |
| 清水エスパルス | 0 |
| ヴィッセル神戸 | 0 |
| 浦和レッズ | 2 |
| 京都サンガF.C. | 1 |
| 柏レイソル | 0 |
| FC町田ゼルビア | 1 |
7試合で6得点。
1試合平均にすると約0.86点。
J1公式得点ランキングではレオ・セアラの8得点に次ぐ6得点で、鈴木章斗と並ぶ2位タイ。日本人選手では最多タイとなっている。
森保監督も「今Jリーグで一番点を取っている」と評価
得点だけではなく、攻守への関与も評価
日本代表発表会見で、森保一監督も谷村の得点力を高く評価した。
報道では森保監督が、
「今Jリーグで一番点を取っている」
と谷村について言及している。
ただし、これはJ1得点ランキングで単独トップという意味ではない。
実際の得点ランキングではレオ・セアラが8得点でトップ、谷村は6得点で2位タイだ。
森保監督がより高く評価しているのは、数字だけではない。
谷村について、得点に至るまでの攻撃参加や、チーム戦術の中で多くの局面へ関われること、守備でも働けることを評価していると説明している。
つまり、
「ゴール前で待っているだけのストライカーではない」
ということだ。
すべての始まりはJFLだった
2020年、国士舘大学からいわきFCへ
谷村の現在地を理解するためには、2020年まで時間を戻す必要がある。
花巻東高校、国士舘大学を経て加入したのが、いわきFCだった。
当時のいわきFCはJリーグではない。
所属カテゴリーはJFL。
谷村自身も今回の日本代表選出後、
「いわきFCがJFL時代の時から、一つひとつカテゴリーを上がってここまで来ました」
と振り返っている。
現在はJ1で得点を量産し、日本代表まで到達した。
しかしプロキャリアのスタート地点は、日本サッカーのトップカテゴリーから遠い場所だった。
JFL通算30試合7得点
いわきと一緒にJリーグを目指す
いわきFCで谷村が経験したJFLでの通算記録は、
30試合7得点。
現在の横浜F・マリノス公式プロフィールでも確認できる数字だ。
いきなり年間20得点を取ったわけではない。
圧倒的な数字で個人昇格したわけでもない。
チームとともに成長した。
2021年、いわきFCはJFLを制覇。
Jリーグ入会が承認され、翌2022年からJ3へ参入した。
谷村にとって最初のカテゴリーアップだった。
2022年|初めてのJリーグ、J3で29試合6得点
Jリーグ初出場からJ2昇格へ
2022年。
谷村は初めてJリーグの舞台に立つ。
J3での成績は、
29試合6得点。
Jリーグ公式では初出場が2022年3月13日、初得点が同年7月2日と記録されている。
いわきFCはこの年もカテゴリーを駆け上がる。
谷村はJFLからJ3へ上がっただけで終わらず、翌年にはJ2へ。
キャリア2度目のステップアップを果たした。
2023年|初のJ2で41試合7得点
カテゴリーが上がっても試合に出続けた
JFLからJ3。
そしてJ2。
普通であればカテゴリーが上がるほど競争も激しくなり、出場時間を減らす選手が出てくる。
しかし谷村は違った。
2023年のJ2では、
41試合7得点。
ほぼシーズンを通して試合に出続けた。
この時点ではまだ「J2を代表するストライカー」と呼ばれるほどの得点数ではない。
それでも重要なのは、上のカテゴリーでもポジションを失わなかったことだ。
そして翌年、一気にブレイクする。
2024年|J2で38試合18得点
谷村海那の名前が全国区へ
2024年。
谷村のキャリアにおける大きな転換点となった。
J2リーグで、
38試合18得点。
前年7得点から、一気に二桁後半まで得点数を伸ばした。
JFL時代から積み重ねてきたものが、数字として一気に表れたシーズンだった。
前線で身体を張る。
味方の攻撃へ関わる。
そして最後は自分がゴール前へ入る。
単なる「走れるFW」から、
「点を取れるFW」
として明確な評価を得るようになった。
2025年|J2で21試合8得点、そして横浜FMへ
シーズン途中にJ1挑戦を決断
2025年もいわきで得点を続けた。
J2で21試合8得点。
そして7月6日。
横浜F・マリノスへの完全移籍が発表された。
谷村にとって初のJ1。
27歳でのトップカテゴリー挑戦だった。
JFLからスタートして5年以上。
ついに日本最高峰のリーグまでたどり着いた。
初めてのJ1でもゴールは止まらなかった
横浜FM移籍後も結果
2026年9月17日時点で、横浜F・マリノス公式が発表している谷村のJ1通算記録は、
22試合12得点。
現在の2026/27シーズンが7試合6得点なので、移籍初年度の2025年にもJ1で6得点を記録した計算になる。
カテゴリーが上がった。
相手DFのレベルも上がった。
プレースピードも上がった。
それでも得点できた。
ここが谷村のキャリアで非常に興味深い部分だ。
2026年百年構想リーグでも19試合10得点
谷村の好調は今季突然始まったものではない。
横浜F・マリノス公式によると、2026年のJ1百年構想リーグでは、
19試合10得点。
すでに二桁得点を記録していた。
さらに2026/27シーズンでも7試合6得点。
横浜FM加入後、
J1リーグ22試合12得点+百年構想リーグ19試合10得点。
トップカテゴリーでもゴールを継続している。
これが今回の代表初選出につながった。
谷村海那「成り上がり」の軌跡
カテゴリーとともに成長した6年間
谷村のキャリアを並べると、その異色ぶりが分かる。
| 時期 | 所属・カテゴリー | 主な記録 |
|---|---|---|
| 2020~21 | いわきFC/JFL | 通算30試合7得点 |
| 2022 | いわきFC/J3 | 29試合6得点 |
| 2023 | いわきFC/J2 | 41試合7得点 |
| 2024 | いわきFC/J2 | 38試合18得点 |
| 2025前半 | いわきFC/J2 | 21試合8得点 |
| 2025~ | 横浜FM/J1 | J1通算22試合12得点 |
| 2026百年構想 | 横浜FM/J1 | 19試合10得点 |
| 2026/27 | 横浜FM/J1 | 7試合6得点 |
| 2026年9月 | 日本代表 | A代表初招集 |
JFL、J3、J2の通算記録は、いわきFCおよび横浜F・マリノスの公式記録と一致している。
まさに一段ずつだ。
なぜ谷村はカテゴリーが上がっても通用したのか
① ゴールだけを待たない
森保監督の評価でも重要なのがここだ。
谷村はゴール前だけに残るFWではない。
攻撃の組み立てに参加する。
味方のために動く。
守備では前から追う。
そのうえで最後はゴール前へ入っていく。
森保監督も、得点するまでの過程でチーム戦術へ関われる部分を高く評価している。
カテゴリーが上がるほど「得点だけ」の選手は消されやすい。
谷村は得点以外でも試合に関われるからこそ、生き残ってきたと考えられる。
② 失敗を重ねながら成長してきた
2023年はJ2で41試合に出場しながら7得点。
翌2024年は38試合18得点。
いきなり完成されたストライカーだったわけではない。
試合へ出る。
決められない。
改善する。
また試合へ出る。
その積み重ねが18得点につながった。
谷村自身も日本代表選出時、小さな部分へこだわりながら日々取り組んできたとコメントしている。
大谷翔平の後輩という意外な共通点も
花巻東高校出身
谷村は岩手県の花巻東高校出身。
同校はMLBで活躍する大谷翔平の母校としても知られている。
谷村は大谷の後輩にあたる。今回の代表初招集を伝えた報道でも、この経歴が紹介されている。
ただし谷村の場合、卒業後すぐに全国的なスターになったわけではない。
大学。
JFL。
J3。
J2。
一つずつ階段を上った。
そこにこの選手ならではの物語がある。
28歳での初代表だからこそ価値がある
「若くなければ代表に行けない」わけではない
代表初招集というと、20歳前後の若手が注目されがちだ。
しかし今回の谷村は28歳。
次世代枠ではない。
現在のパフォーマンスで選ばれた。
これはJリーグでプレーする多くの選手にとっても興味深い事例だ。
海外組ではない。
10代から世代別代表の中心だったわけでもない。
それでも、
「今、結果を出す」
ことでA代表へ到達した。
日本代表では熾烈なFW争いが待っている
上田綺世・前田大然・塩貝健人・後藤啓介らと競争
もちろん代表に呼ばれたことがゴールではない。
今回の日本代表には上田綺世、前田大然、塩貝健人、後藤啓介らFWとして起用できる選手が選出されている。
海外トップリーグでプレーする選手ばかりだ。
そこへJFLスタートの谷村が挑む。
この構図も面白い。
谷村にしかない武器を見せられるか
代表で求められるのは「横浜FMで点を取っているから使う」だけではない。
日本代表というチームの中で何を提供できるのか。
前線からの守備。
ポストプレー。
背後への動き。
ゴール前への入り方。
そして最も重要なのは、
決定力。
7試合6得点という現在の勢いを、そのまま国際試合へ持ち込めるか。
初キャップにも期待
日本代表は今回、
9月24日 ウルグアイ代表戦。
9月28日 ベネズエラ代表戦。
10月1日 エクアドル代表戦。
10月5日 キリンカップ第2戦。
と4試合を戦う。
通常の代表活動より試合数が多い。
初招集の谷村にも出場機会が与えられる可能性は十分ある。
もしピッチへ立てば、
JFLから始まったキャリアがついに「日本代表出場」までつながる。
「JFLから日本代表」が示すもの
谷村のキャリアが面白いのは、サッカー選手の成功ルートが一つではないことを証明しているからだ。
高校卒業後すぐJ1。
海外移籍。
世代別代表。
A代表。
そんな道だけが成功ではない。
大学へ行く。
JFLから始める。
J3へ上がる。
J2で苦しむ。
27歳でJ1へ行く。
28歳で日本代表になる。
そんなルートもある。
しかも谷村の場合、移籍を繰り返してカテゴリーを上げたのではない。
いわきFCと一緒に、
JFL→J3→J2
と上がった。
そしてJ2で結果を残し、自らJ1への扉を開いた。
この部分が特に印象的だ。
まとめ|一段ずつ上がり続けた先に日の丸があった
2020年。
谷村海那のスタート地点はJFLだった。
JFL通算30試合7得点。
2022年、J3。
29試合6得点。
2023年、J2。
41試合7得点。
2024年。
38試合18得点。
2025年。
J2で21試合8得点を記録し、横浜F・マリノスへ。
そしてJ1でもゴールを重ねた。
2026/27シーズン。
7試合6得点。
日本人トップタイの得点数。
そして2026年9月17日。
日本代表初招集。
一直線のエリート街道ではない。
JFL。
J3。
J2。
J1。
日本代表。
一つも飛ばさず、全部経験してきた。
28歳。
谷村海那のキャリアは、決して遅かったわけではない。
自分のペースで、一段ずつ上がり続けた結果なのだ。
そして次は、日本代表でのゴール。
JFLから始まった物語は、まだ終わっていない。
むしろここから、新しい章が始まる。
免責事項
本記事は2026年9月18日時点で、日本サッカー協会、Jリーグ、横浜F・マリノス、いわきFCなどが公開している公式情報、および代表発表会見に関する報道を照合して作成しています。
試合出場数・得点数などは記事作成時点の公式記録を基準としています。今後の試合によって数字は更新されます。
また、本記事はAIライティングツールを活用して構成・文章の下書きを作成し、公開情報を確認しながら編集したものです。選手の特徴やキャリアに関する評価・分析部分にはWorld Soccer Portal独自の考察を含みます。
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