2026年9月24日、日本代表にまた一人、楽しみな選手が加わった。
キリンチャレンジカップ2026・ウルグアイ代表戦。
A代表初招集となった松木玖生は、いきなり右ウイングバックで先発。そして開始わずか11分、得意の左足から鮮烈なミドルシュートを叩き込み、日本代表デビュー戦で代表初ゴールを記録した。
初招集。
初出場。
初先発。
そして初ゴール。
強豪ウルグアイを相手に、23歳の松木がこれ以上ない形でSAMURAI BLUEでのキャリアをスタートさせた。
しかし、松木のキャリアを振り返ってみると、こうした「大舞台で結果を残す姿」は決して今回が初めてではない。
北海道から青森へ渡った少年時代。
青森山田で全国屈指の選手へ成長した高校時代。
高卒1年目からJ1でレギュラーをつかんだFC東京時代。
そしてトルコ、イングランドへと渡った海外挑戦。
今回は、日本代表デビュー戦でいきなりゴールを奪った松木玖生とはどんな選手なのか。そのキャリアとプレースタイル、代表での今後の立ち位置まで掘り下げていく。
松木玖生とは?
北海道室蘭市出身の23歳
松木玖生は2003年4月30日生まれ。
北海道室蘭市出身で、身長180cm、体重78kg。現在はイングランドのサウサンプトンFCに所属している。日本代表ではMF/FWとして登録された。
兄の影響を受け、6歳で室蘭大沢FCに入りサッカーを始めた。
小学校時代から北海道選抜に入るなど頭角を現すと、その後のキャリアを大きく変える決断をする。
地元北海道を離れ、青森山田中学校へ進学した。
青森山田中学校へ|自ら厳しい環境を選んだ少年時代
Jクラブの育成組織ではなく青森山田へ
松木は小学校卒業時、Jリーグクラブのアカデミー練習にも参加していた。
それでも選んだのは青森山田中学校だった。
Jリーグ公式のインタビューでは、自らより厳しい環境へ行かなければ成長できないと考え、青森行きを決断したことを明かしている。
まだ12歳ほどの少年が北海道を離れ、全国屈指の競争環境へ飛び込む。
現在の松木に感じられる強烈な向上心やメンタリティーは、この時期からすでに表れていたのかもしれない。
中学年代から飛び級で高校トップチームへ
青森山田中では1年生から全国中学校サッカー大会を経験。
2年生になると主力へ成長し、全国大会連覇にも貢献した。
さらに中学3年時には青森山田高校のセカンドチームで高校年代の大会へ出場。
その後、高円宮杯JFA U-18プレミアリーグ最終節では中学生でありながら高校トップチームの先発に抜擢された。
年代を飛び越えて戦う経験を早い段階から積んでいた。
青森山田高校|全国屈指のスターへ
1年生から全国選手権で4得点
青森山田高校へ進学すると、その勢いはさらに加速する。
高校1年時からトップチームの主力としてプレー。
高円宮杯U-18プレミアリーグ・ファイナルでは決勝ゴールを決め、全国高校サッカー選手権でも1年生ながら決勝まで全試合に出場した。
選手権では4得点。
高校入学直後から大舞台で結果を残していた。
この「重要な試合になればなるほど存在感を増す」という特徴は、今回の日本代表デビュー戦にも重なる。
2年生で青森山田の10番
高校2年になると、通常は最上級生が背負うことの多い青森山田の背番号10を任された。
技術だけでなく、チームを引っ張る力も評価されていた証拠だ。
そして高校3年時にはキャプテンに就任。
チームの中心として最後の1年間を迎えた。
高校3年で全国三冠
最終学年の松木は圧倒的だった。
全国高校総体(インターハイ)では5得点を挙げて得点王となり、青森山田を16年ぶりの優勝へ導いた。
高円宮杯JFA U-18プレミアリーグEASTでも8得点を挙げて優勝。
そして高校生活最後となる全国高校サッカー選手権でも4得点を記録し、ついに日本一に到達した。
インターハイ。
プレミアリーグEAST。
全国高校選手権。
高校年代で圧倒的な結果を残し、2022年からFC東京へ加入した。
FC東京|高卒1年目からJ1レギュラー
プロ入り直後から開幕スタメン
高校サッカーのスターでも、プロの世界で即戦力になれるとは限らない。
しかし松木は違った。
2022年、青森山田高校からFC東京へ加入すると、J1開幕戦から先発出場。
高卒ルーキーながら早い段階からレギュラー争いへ入り、1年目のJ1で31試合2得点を記録した。
フィジカルコンタクトの激しいJ1でも当たり負けせず、中盤で存在感を発揮した。
FC東京でJ1通算71試合5得点
松木は2022年から2024年夏までFC東京でプレー。
リーグ戦では、
2022年:31試合2得点
2023年:22試合1得点
2024年:18試合2得点
と、J1通算71試合5得点を記録して海外へ旅立った。
まだ21歳だった。
高校卒業からわずか約2年半。
しかし、その時点ですでにJ1で70試合以上を経験していた。
世代別日本代表でも中心選手に
U-23アジアカップ初戦で決勝ゴール
松木はU-15年代から継続して年代別日本代表に選ばれてきた。
大きな転機となったのが2024年のAFC U23アジアカップだ。
パリ五輪出場権が懸かった重要な大会。
初戦のU-23中国代表戦では開始8分に松木が先制ゴール。
日本はその後退場者を出して10人となったものの、その1点を守り切り1-0で勝利した。
ここでも大舞台でゴール。
やはり松木は「重要な試合で数字を残す」選手だった。
アジア王者としてパリ五輪出場権獲得
松木は準決勝のイラク戦でも先発。
日本は2-0で勝利してパリ五輪出場権を獲得した。
決勝のウズベキスタン戦にも先発し、日本は1-0で勝利。
2016年以来となるU-23アジアカップ優勝を果たした。
それでもパリ五輪本大会はメンバー外
順風満帆だけだったわけではない。
アジアカップ優勝に貢献し、五輪直前まで世代別代表でプレーしていた松木だったが、パリ五輪本大会の18人には選ばれなかった。
大きな悔しさだったはずだ。
しかし、その直後に松木は新たなステージへ進む。
海外移籍だった。
2024年夏|サウサンプトンへ完全移籍
FC東京からイングランドへ
2024年7月30日、FC東京は松木がイングランドのサウサンプトンFCへ完全移籍すると発表した。
ただし、そのままイングランドでプレーしたわけではない。
2024-25シーズンはトルコ1部ギョズテペへ期限付き移籍することになった。
ギョズテペ側もサウサンプトンからの1年間のレンタル加入を正式発表している。
トルコで経験を積み、サウサンプトンへ
ギョズテペで欧州サッカーへの適応
初めての海外挑戦の舞台となったトルコ。
フィジカルコンタクトが激しく、日本とは異なるテンポで進むリーグで経験を積んだ。
2024-25シーズン終了後はサウサンプトンへ戻り、イングランドで本格的なポジション争いへ入る。
決して最初から順調だったわけではない。
2025-26シーズン序盤には出場機会が限られたものの、次第にチャンスをつかんだ。
2026年2月のQPR戦ではリーグ戦初ゴールを含む2得点。
その後も得点やアシストを重ね、サウサンプトンで存在感を高めていった。
松木玖生のプレースタイル
最大の武器① 強靱なフィジカルと球際
松木を語るうえで外せないのが球際の強さだ。
180cmのサイズがあり、身体を当てながらボールを奪うことができる。
本人もウルグアイ戦後、球際について「自分の強み」と認識していることを語っている。
単純に守備的なMFというわけではない。
ボールを奪った後、そのまま前へ進めることも大きな特徴だ。
最大の武器② 左足
もう一つ分かりやすい武器が左足。
パス、クロス、ミドルシュートと複数の場面で使える。
日本代表初ゴールも、右サイドから中央へ切り込んで放った左足シュートだった。
右サイドに左利きの松木を配置することで、外を突破するだけでなく、内側へ侵入してシュートやラストパスを狙える。
現在の松木を象徴する形の一つだ。
最大の武器③ ゴール前へ入っていける
高校時代から松木は「得点できるMF」だった。
インターハイでは5得点。
選手権では1年時4得点、3年時にも4得点。
U-23アジアカップでもゴールを奪った。
そしてサウサンプトンでも得点を記録している。
中盤でゲームを作るだけではなく、最後は自分自身がペナルティーエリア周辺まで入っていく。
この攻撃参加こそ、他の中盤選手との差別化につながる。
最大の武器④ メンタリティー
松木が青森山田時代から高く評価されてきたもう一つの要素が精神面だ。
自ら厳しい環境を求めて北海道から青森へ移り、高校では下級生の頃から先輩に要求し、キャプテンとしてチームを率いた。
高校卒業後はすぐJ1。
その後はトルコ、イングランド。
そして代表デビューではウルグアイ相手に物怖じせずシュートを振り抜いた。
環境が変わっても自分を出せることは、国際舞台で大きな武器になる。
日本代表デビュー戦|なぜ右ウイングバックだった?
現在のサウサンプトンでの経験を反映
ウルグアイ戦で松木が起用されたのは、本職としてイメージされることの多いボランチではなく右ウイングバックだった。
意外に感じた人もいたかもしれない。
しかし松木本人によると、現在サウサンプトンでは右サイドが主戦場になっており、森保一監督ともその点について話していたという。
つまり今回の右WB起用は奇策ではなく、クラブで身につけてきた役割を代表でも生かしたものだった。
日本代表初ゴールはどう生まれた?
11分、中村敬斗のサイドチェンジ
日本代表での記念すべき初ゴールは前半11分。
左サイドにいた中村敬斗がピッチを大きく横断するサイドチェンジを送った。
右サイドで待っていた松木がボールを受ける。
そこから縦へ突破するのではなく、中央へカットイン。
左足でシュートを狙える形へ持ち込んだ。
カットインから迷わず左足
中央へ運んだ松木は迷わなかった。
得意の左足を振り抜く。
ボールはウルグアイゴールへ。
日本代表初出場からわずか11分。
松木玖生のA代表初ゴールが生まれた。
試合後、松木はカットインした段階でシュートのイメージを持っていたと説明。
さらに、こうしたプレーはサウサンプトンで日常的に練習しているものだと明かした。
つまり、偶然生まれたスーパーゴールではない。
海外挑戦の中で磨いてきたプレーが、日本代表という舞台で形になった一撃だった。
「持っている」だけではない代表初ゴール
代表デビュー戦でゴール。
結果だけを見ると「持っている選手」という言葉で片付けたくなる。
だが松木の場合、その一言だけでは足りない。
高校時代から左足のシュートを磨き、海外へ渡って右サイドでのプレーを経験。
クラブでもカットインからのシュートを練習してきた。
そして日本代表の舞台で、そのプレーを迷わず実行した。
積み重ねの先に生まれたゴールだった。
今後の日本代表での立ち位置は?
右ウイングバック争いの新たな候補
まず期待されるのが右ウイングバックだ。
日本代表には伊東純也をはじめ、サイドで違いを作れる選手がいる。
松木は彼らとはタイプが違う。
縦へのスピードだけではなく、
球際の強さ
中央へ入る動き
左足のシュート
中盤での守備力
を同時に提供できる。
相手や試合展開によって右WBのタイプを変えたい時、松木は面白いオプションになり得る。
ボランチでも競争できる
松木のキャリア本来の中心は中盤。
FC東京でも年代別日本代表でも中央でプレーしてきた。
代表には佐野海舟、田中碧、鎌田大地ら多くの実力者がいるため、簡単にポジションを獲得できる場所ではない。
それでも松木にはフィジカル、左足、運動量、ゴール前への飛び出しという特徴がある。
「守れるだけ」「配れるだけ」ではない中盤として、今後は中央で試される可能性もあるだろう。
シャドーまでできれば価値はさらに高まる
現在の日本代表では3-4-2-1が一つの基本形となっている。
右WB。
ボランチ。
そして2シャドー。
松木がこの複数ポジションを高いレベルでこなせるようになれば、代表での価値はさらに高まる。
国際大会では登録人数が限られるため、複数の役割を任せられる選手は重要だ。
森保監督にとっても、戦術を途中で変えながら同じ選手を残せるメリットがある。
代表定着には「ゴール後」が重要
本人も「もっとアピールしたい」
デビュー戦でゴールを決めれば、一気に注目度は高まる。
しかし松木本人は試合後、そこで満足する様子を見せなかった。
今後さらに得点やアシストに関わり、チームへ貢献することで代表での立ち位置をつかみたいという趣旨のコメントを残している。
代表デビュー戦でゴールを決めた選手が、その後必ず代表の主力になれるわけではない。
本当の勝負はこれからだ。
23歳という年齢も大きな武器
松木はまだ23歳。
2027年のアジアカップだけでなく、その先の2030年ワールドカップも十分に中心年代として狙える。
しかもすでに、
J1
トルコ1部
イングランド
年代別代表
A代表
という異なる環境を経験している。
ここからサウサンプトンでさらに出場時間を伸ばし、プレーの幅を広げられれば、日本代表でも継続的に招集される可能性は高まっていく。
松木玖生のキャリアは「挑戦」の連続
北海道から青森へ。
青森山田からJリーグへ。
FC東京から欧州へ。
トルコからイングランドへ。
そして、ついに日本代表へ。
松木のキャリアには一貫しているものがある。
それは「より厳しい環境へ自分から飛び込むこと」だ。
青森山田中への進学を決めた少年時代から、その姿勢は変わっていない。
だからこそ今回の日本代表初ゴールも、突然現れたシンデレラストーリーではない。
長く続いてきた挑戦の先にあった一つの結果なのだ。
まとめ|代表初ゴールはゴールではなくスタート
ウルグアイ戦。
初めて着たSAMURAI BLUEのユニフォーム。
初めて立ったA代表のピッチ。
開始11分。
松木玖生は迷わず左足を振り抜いた。
日本代表デビュー戦初ゴール。
鮮烈なスタートだった。
しかし、23歳の松木にとって本当に重要なのはここからだ。
右ウイングバックとして新たな可能性を見せながら、本来得意とする中盤でも競争できる。
球際で戦えて、左足があり、ゴール前へ入れる。
そして何より、大きな舞台で臆することなく自分を出せる。
高校サッカーを知る人にとっては、あの青森山田の中心にいた松木玖生が、ついに日本代表までたどり着いたという感慨もあるだろう。
しかし本人が見ているのは、おそらく過去ではない。
次の試合。
次のゴール。
次のポジション争い。
そして、日本代表の中心になる未来だ。
代表初ゴールは、松木玖生にとってゴールではなく新しいスタート。
青森山田時代から何度も大舞台で結果を残してきた男が、今度はSAMURAI BLUEでどんなキャリアを築いていくのか。
これからも海外で挑戦を続け、日本代表でも一つずつ自分の場所を勝ち取ってほしい。
松木玖生のさらなる飛躍を、心から応援したい。
免責事項
本記事は、2026年9月25日時点で確認できる日本サッカー協会(JFA)、Jリーグ、FC東京、ギョズテペなどの公式情報、および公開されている試合後コメント・報道をもとに作成しています。
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