グループF 第1節/オランダ vs 日本/6月15日(月)5:00キックオフ(日本時間)/ダラス・スタジアム
キックオフの約1時間前、両チームのスターティングメンバーが公式発表された。この瞬間、オランダ国内のサッカーコミュニティには大きな衝撃が走った。戦術的な安堵、特定の選手への辛辣な批判、文化的価値観に根ざした嘲笑、そしてメディアの傲慢さとそれを戒める現実主義――。一枚のメンバー表が、オランダサッカー界の複雑な心理を一気に映し出すリトマス試験紙となった。
日本のスカッドにはエールディビジでプレーする選手が多く名を連ねており、オランダにとって日本は「見知らぬ極東のチーム」ではなく、解像度の高い戦術的対象として認識されている。それだけに、反応は単純な楽観や警戒では済まなかった。
両チームのスタメン構造
オランダ:4-3-3(保持時は4-1-2-3に可変)
クーマン監督は伝統的な4-3-3を採用した。
- GK フェルブルッヘン
- DF ダンフリース(右SB)/ファン・ヘッケ・ファン・ダイク(CB)/ファン・デ・フェン(左SB)
- MF デ・ヨング(アンカー)/ラインデルス・フラーフェンベルフ
- FW サマーフィル(右)/マレン(CF)/ガクポ(左)
左SBにファン・デ・フェンを置いたのは、日本の速い右サイドのトランジションに対抗するため、彼のリカバリー走力を見込んだ起用だ。
日本:3-4-2-1
森保監督は定着している3-4-2-1を提示。非保持時は両ウイングバックが下がって5-2-3のブロックを形成し、オランダの4-3-3に対して中盤で数的優位を作る設計だ。
堂安、中村、上田、伊藤など、オランダにとって馴染み深い顔ぶれが並んだことが、議論をさらに熱くした。
最大の衝撃:デパイのベンチ降格
オランダ国内で最も大きな反応を呼んだのは、長年代表の象徴であり続けたメンフィス・デパイがベンチスタートとなり、センターフォワードにドニエル・マレンが起用されたことだった。約10年にわたり不可侵とされてきたデパイを開幕戦で外す決断は、クーマンのマネジメント哲学の劇的な転換を意味していた。
クーマンは試合前、デパイのコンディションに疑問を匂わせる発言をしていたが、これは意図的な情報操作だったと本人が認めている。報道によれば、クーマンは公共放送のインタビューで、相手を惑わすためにあえてそうした発言をしたと明かし、デパイはほぼ万全だが今は先発に適切でないと判断した、そしてマレンに絶対的な信頼を示したかったと説明したという。
この決断は戦術的な称賛を浴びた。ボールを受けに中盤へ下りる傾向のあるデパイは、デ・ヨングやラインデルスのスペースを渋滞させる危険があった。対照的にマレンは爆発的な縦のスピードで、日本の3バックの背後を継続的に脅かせる。短期決戦で早い時間に先制点を奪う計算が働いていた。
ファンの反応は、批判的な意見が割れがちなオランダにしては珍しく、圧倒的な肯定論で占められた。マレン・ガクポ・サマーフィルという直線的な突破力を備えた前線、そしてデ・ヨング・フラーフェンベルフ・ラインデルスの中盤トライアングルは「名采配」「考えうる最高のスタメン」と評された。その背景には、ピッチ外の華美な生活やムラのあるパフォーマンスに対して蓄積した、一種の「デパイ疲労」もあったとされる。
「眼鏡騒動」と”普通であれ”の文化
戦術的にはベンチ起用が称賛されたデパイだが、ピッチ外では別の文脈で話題の中心になってしまった。
試合前、スタジアムに到着しトンネルを歩く選手たちの映像が中継されると、極めて奇抜なデザインの眼鏡を着用したデパイの姿が国内のSNSやスタジオを沸かせた。辛口で知られる元代表のファン・デル・ファールトは、これを見て「あんな眼鏡で来るなら自分でも彼をベンチに置く」という趣旨のジョークを飛ばし、スポーツニュースの見出しを独占したと伝えられている。
これは単なる笑い話にとどまらない。オランダには「Doe Normaal(普通に振る舞え、それだけで十分に目立っている)」という強力な文化的規範がある。過度な自己主張や華美な振る舞いは冷笑の対象となりやすく、特にパフォーマンスに疑問符が付く時期には格好の標的になる。結果としてこの騒動は、派手なデパイを外して実直なマレンを選んだクーマンの決断を、大衆の感情レベルで事後的に正当化する役割すら果たした。
右ウイングへの懸念:サマーフィル起用に専門家が異論
センターフォワードの人選が好意的に受け入れられた一方で、右ウイングを巡る選択には専門家から厳しい議論が向けられた。
内側に切れ込むタイプのサマーフィルを起用したことに対し、元代表ストライカーのファン・ホーイドンクが鋭い異論を唱えたと報じられている。彼は調整試合での右サイドバック・ダンフリースとの連携が洗練されておらず、両者の間に意思疎通の齟齬が多いと指摘。初めて組むコンビゆえの連携不足は理解できるとしつつ、初戦という極限のプレッシャーの中でこの不確実性を抱えるリスクを強調した。
さらに痛烈だったのが、サマーフィルのファーストタッチの精度と決定力への批判だ。ファン・ホーイドンクは彼のスピード自体は高く評価しながらも、調整試合での決定機でトラップが強すぎて好機を自ら台無しにした場面を挙げ、「得点が少なすぎる」「常にあと一歩足りない」と評したとされる。日本のように組織的で規律ある守備ブロックを相手にすれば、決定機は試合に一度しか訪れないかもしれない。そこでの技術的な甘さは敗退に直結しかねない、という警告だった。
代替案として彼が推したのが、テウン・コープマイナースの右ウイング起用だ。本来は中央のMFだが、左足で内側に切り込む「偽ウイング」として過去に成功例がある。最大の理由は「戦術的信頼性」と「安定感」。攻撃的に前線へ張り付くサマーフィルを使えば、ダンフリースの背後の広大なスペースが日本のカウンターの餌食になりかねない。守備規律に優れ判断ミスの少ないコープマイナースを置けば、その脅威を構造的に無力化できたはず、という主張である。クーマンの選択は縦の攻撃力を最大化する計算されたリスクだが、アナリストの目には過度な賭けに映った。
中盤のマッチアップ:日本のオーバーロードにどう対抗するか
ファンが歓喜したデ・ヨング・フラーフェンベルフ・ラインデルスのトリオだが、専門家の見立てはより複雑だった。
日本の3-4-2-1は、上田の下に鎌田・久保という技術の高い2シャドーをハーフスペースに置き、後方に佐野らを配することで、オランダの中盤3枚に対して中央で数的優位を作るよう設計されている。
この不利を解消するため、デ・ヨングには高度なハイブリッドな役割が求められる。アンカーとしてだけでなく、頻繁に最終ラインまで下りて「第3のセンターバック」として機能し、両SBのダンフリースとファン・デ・フェンを押し上げる。これにより、ファン・ダイクとファン・ヘッケが日本の前線3人に対して数的不利に陥るのを防ぐ仕組みだ。
ただしこの修正は別の問題を生む。デ・ヨングが最終ラインに吸収されると、広大な中盤をフラーフェンベルフとラインデルスの2人だけでカバーせねばならない。調整試合でこの3人の連携が滑らかでなかった点も改めて指摘された。スタメンが機能するかどうかは、日本の速いトランジションとショートパスのネットワークに翻弄されず、2人が中央を物理的強度で制圧できるかにかかっている、と分析された。
メディアの傲慢と現実主義:上田綺世を巡る舌戦
スタメン発表時の反応で戦術分析と同等に目立ったのが、欧州中心主義的な傲慢さと、それを戒める現実主義の衝突だった。象徴的だったのが、上田綺世を巡る舌戦である。
報道によれば、『デ・テレグラーフ』紙のジャーナリスト、ドリーセンはポッドキャストで上田の脅威を一蹴し、日本のストライカーがオランダの守備陣相手にハットトリックなどあり得ないと断言。「上田が3点取ったら100ユーロ払う」と公開で賭けを持ちかけたという。さらに「上田は弱小クラブ相手にしか点を取れない、対してマレンはセリエAで得点している」「オランダ代表に欲しい日本人選手など1人もいない、楽に勝ち点3を取る」と豪語したと伝えられている。
しかしこの主張は事実に即していない。上田はオランダの名門フェイエノールトに所属し、2025/26シーズンに31試合25得点でエールディビジ得点王に君臨していた。自国リーグで無双する選手を「弱小相手にしか点を取れない」と評することは、自国リーグの水準を自ら否定する矛盾をはらむ。加えて上田は、ファン・ヘッケやファン・デ・フェン、ファン・ダイクら相手CBの身体的特徴や守備の癖をリーグ戦で熟知している。この相互理解は、欧州の強豪がアジア勢に対して通常抱く「未知への恐怖の欠如=心理的優位」を無効化するものだった。
これに対し、同僚ジャーナリストのフェルヴァイがより慎重な層を代弁する形で反論したと報じられている。彼はブラックユーモアを交え、「上田には気をつけたほうがいい。君が『点が取れない』と批判し始めた途端、その選手が3点取るのがいつものパターン(=ドリーセンの呪い)だ」と警鐘を鳴らしたという。フェルヴァイは、日本が直近1年でイングランドやブラジルを破ってきた事実を挙げ、突出したスーパースターは不在でもチームとしての組織力と戦術的規律が極めて高いと指摘。オランダが勝つには笛が鳴った瞬間から極限のインテンシティでプレーしなければ大番狂わせを招く、と警告した。個の力ではオランダが上回ると信じつつも相手のシステムを正当に評価する彼の姿勢は、ドリーセンの傲慢さとの間に横たわる、オランダメディア内の深刻な認識のギャップを浮き彫りにした。
オッズと放送環境
大手ブックメーカーが提示したオッズは「オランダ勝利2.00/引き分け3.57/日本勝利3.68」と報じられた。オランダがフェイバリットではあるものの、その差は一部メディアが煽るほど圧倒的ではなく、日本勝利や引き分けも十分に現実的な数値だった。データアナリストは、両者の戦術的な牽制から決定機の少ないロースコア、あるいは引き分けの可能性が高いと見ていた。
放送面では、オランダの公共放送NOSが中継する一方、日本ではNHK総合とBSP4Kが生中継し、DAZNが全試合を配信。オランダ代表が日本の何百万人もの視聴者にさらされるという事実も、試合の国際的な重要性を際立たせた。
結論:歓喜・不安・自負が交錯したキックオフ前夜
日本戦のスタメン発表は、11人の名前を超えて、オランダのサッカー心理・文化・メディアの生態系を露わにした。
クーマンの構成は、過去の栄光ではなく現在のフォームを冷徹に計算した実力主義の宣言だった。デパイを外しマレンを抜擢した決断は、日本のハイラインの裏を突く明確な意図の表れであり、ファンから熱狂的に支持された。デパイの眼鏡騒動とファン・デル・ファールトの一言は、「普通であれ」という規範がいかに強くオランダサッカーを支配しているかを示した。
一方で専門的には深い懸念も残った。サマーフィルの技術的不安定さとダンフリースとの連携不足、そして日本の3-4-2-1に対して中盤の数的不利をどう克服するか――これらはキックオフ直前まで最大の論点であり続けた。さらに、ドリーセンの侮蔑とフェルヴァイの警戒の衝突は、オランダが「世界の中心としての自負」と「新興勢力への怯え」の間で揺れていることを象徴していた。
戦術的な安堵と期待、右サイドと中盤への専門的な不安、そして自国への揺るぎない(時に傲慢な)自信。この三つが複雑に絡み合った状態で、両者は90分へと向かった。クーマンの実利主義が正しかったのか、それともメディアの一部が抱いた日本の組織力への恐れが現実となるのか――その答えは、ピッチの上で示されることになる。


